2026年度 秋号
Vol.98
秋月城跡の紅葉

写真は、福岡県朝倉市の秋月城跡で撮影した紅葉です。福岡市から車で約70分。「筑前の小京都」と呼ばれる秋月は、城下町の風情が残る美しい町です。江戸時代初期に黒田長興が築いた秋月城の跡には、今も石垣や黒門などが残り、往時をしのばせます。春には桜、秋には色鮮やかな紅葉が城跡を彩り、訪れる人々の目を楽しませてくれます。
(2025年11月 撮影 山内 章子)
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進歩性判断への切り返し方(その3 技術をみるからクレームをみる)
(山内 康伸)
(1)秋号の論点
先の春号と夏号で紹介しました進歩性判断への切り返し方は、引用発明の認定の仕方(春号では技術そのもの、夏号では技術の状態)を論じたものでした。
秋号では、本件出願のクレームの読み方を論じたいと思います。
(2)本願発明の特徴
事例として取り上げました本願発明は、かなり大型のカバーを開閉する装置に関します。
この開閉装置は、構造がシンプルで部品点数が少なく、動作が滑らかに行える点に特徴があります。構成部品のそれぞれは機構学の教科書に出てくるような周知のものですが、動作中の支点が可動であり調心機能付きであることは新機軸です。
既に特許されていますが、詳細は省きまして、イメージでいうと設計の完成度がすごく高いのが特徴といえるでしょう。
(3)拒絶理由通知での指摘
拒絶理由通知では、下図(第7図)に示す開閉装置が記載された文献が引用されました。拒絶理由通知では幾つかの要素を同一と論じながら、結論として「本願発明と引用発明を対比すると、両者は一致し相違点はない。」と判断したものでした。

(4)切り返しの検討
正直いって、この拒絶理由は最初理解できませんでした。
前ページの図に示す引用発明の内容は、カバー29,29を山折りしたり(実線の状態)、谷折りしたり(点線の状態)するものです。支点は2カ所あって、山折りするときと、谷折りするときを使い分けます。また、山折りと谷折りのガイドには大きなリンク35とカム溝65を用います。
大きなリンクはまるで花魁のかんざしのようです。こんなに大きくて複雑な機構を使うと、抵抗は大きいし、壊れやすいだろうなと思います。若い頃読んだ機械専門雑誌に「ダメ設計事例」という記事がありましたが、そこに紹介されていたのも、こんな感じだったと思い出したしだいです。
それはともかくとして、余りに設計の完成レベルが違うので、拒絶理由通知でなぜ「両者は一致し相違点なし」と認定されたのだろう?と思案投げ首しておりました。
このとき、ふと思ったのが、アメリカ特許実務でいうBRI(Broadest Reasonable Interpretation)、つまり合理的な範囲での最も広い解釈です。日本特許庁でBRIはルール化されているわけではないのですが、審査官は事案に応じて、同じような考えを適用するようです。これが思い付いたとき、目の前の霧が少し晴れた気がしました。
(5)技術をみるからクレームをみる
そこで、審査官に電話で問合わせてみました。本願発明と引用発明とは、「構造形状は相当違いますが、機能としてみると相違点がなさそうにみえる」ということでしょうか、と。審査官からは「正にその通りです。」との回答を頂きました。
審査官は技術を誤認していたわけではなく、本願のクレームに注意していたわけですね。
出願時の本願クレームは上手く上位概念化していたので、技術論的には違うものであっても、クレーム解釈上は引用発明に近似していたというわけです。よくよくチェックすると、文言上の近似性は有りそうでした。えー、ここで感心しました。ここまで綿密に判断した審査官に対して「いい仕事していますね」と心より思ったしだいです。
かような状況でしたら、変えるべきは本願のクレームです。本件では、本願クレームをやや限定し、機能上の相違点を明確化し、これにより特許査定を得ました。
時には、相手(引用文献)よりも自分(本願クレーム)を振り返ってみることを学んだしだいです。
2
ランチェスターの二次法則と特許戦略
(山内 康伸)
(1)ランチェスターの法則
ランチェスターの法則は闘いの勝敗を数式化して示していることで有名です。
一次法則と二次法則があり、一次法則では勝敗は兵力数に比例して決まり、二次法則では勝敗は兵力数の2乗に比例して決まるというものです。
一次法則は兵士全員が一騎打ちするような接近戦に妥当するようです。日本の戦国時代の合戦みたいなものです。この場合、勝敗は兵力数に比例するというのは、分かりやすいですね。
二次法則は、飛行機や船などが離れて戦う遠隔戦に妥当するようです。飛行機や船でも数量がものをいうのですが、もののいいようが兵力数の2乗に比例するというものです。
簡単な例を示します。いま、5機と4機の飛行機が闘ったとします。この結果は5²−4²を計算することで分かります。5の2乗の25から4の2乗の16を引くと9となり、この9の平方根を求めると3が残ります。負けた方の4機が全滅したとき、勝った方はまだ3機残るという計算なのです。これが2乗で決まるということです。
(2)トラファルガーの海戦
ランチェスターの法則は多くの本で解説されていますが、本コラムで直接参照したのは、『教養としての数学史』(Fukusuke著、かんき出版、2025年6月9日刊)です。
この本は題名からも分かるように、とても面白い本です(少し軽めですが)。ここで歴史好きにはたまらないトラファルガーの海戦を解説しています。
トラファルガーの海戦は、イギリス艦隊27隻とフランス・スペイン連合艦隊33隻が闘いました。この闘いをランチェスターの法則に当てはめると、27²対33²は729対1089ですから、フランス・スペイン連合艦隊は約1.5倍の優勢であり、イギリス艦隊は敗れるはずです。
(3)ネルソンがとった応用
ところが、実際には名将ネルソンが指揮したイギリス艦隊が勝ちました。どうしてこうなったのでしょう?
秘密は、イギリス艦隊は相手方の連合艦隊を分割するように働きかけ、部分部分の局面では勢力を優勢にして勝ち進んだということのようです。
1805年の10月、最初の局面では、イギリス艦隊27隻が連合艦隊16隻と闘い、イギリス側は22隻を残しました。次の局面でもイギリス艦隊が有利に闘い、最終的にはイギリスは14隻を残して勝利したとされています。つまり、個々の局面では、ランチェスターの法則どおりのようです。1805年の10月、最初の局面では、イギリス艦隊27隻が連合艦隊16隻と闘い、イギリス側は22隻を残しました。次の局面でもイギリス艦隊が有利に闘い、最終的にはイギリスは14隻を残して勝利したとされています。つまり、個々の局面では、ランチェスターの法則どおりのようです。
この時代の海戦は帆船で戦われ、帆船は動きが鈍いうえ風向きなどの外乱要因も多かったようです。そこで、前述の本も、トラファルガーの海戦へのランチェスターの法則の適用は後付けと断っています。
相手兵力の一部を我兵力の全部で打ち、数的不利をくつがえすという戦略は実は日本の歴史にもあります。織田信長がとった桶狭間の闘いでは、少数兵力で今川の大軍を急襲して破っています。東郷平八郎が指揮した日本海海戦では、全体としては少数だった日本の戦艦群がロシアの戦艦を個々に破ることで、全体として多数のロシア艦隊を破りました(司馬遼太郎著『坂の上の雲』によります)。
(4)特許戦略に使われたランチェスターの法則
さて、ランチェスターの法則は、特許戦略に応用できるでしょうか?
私山内は応用できるように感じています。
たとえば、ある機械装置の全体が、複数の動作部分から構成されていれば、その数に対応したアクチュエータ(モータとかシリンダなど)が必要となります。それが普通で、堅実な設計思想です。しかし、発想を転換して1個のアクチュエータで複数の動作部分を順々に作動させるメカニズムも可能です。こうすれば、部品点数の少ない革新的な装置となります。
革新的な装置の開発時に基本発明特許を取得し、その後の設計の進展に従い改良特許、部品特許などを順次取得すれば、かなりの数の特許ポートフォリオを築くことができます。
このようにして築いた特許ポートフォリオは、ビジネス上の戦力となるはずです。
特許法68条は「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」と規定しています。「専有する」の部分は、他人の行動を制約できる意味合いがあり、同法では100条に「侵害する者・・・に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」との別規定をおき、他人の行動を制約できる根拠を与えています。ですので、特許はビジネス上の戦う力となり得ます。
特許で戦うとは申しましても、ビジネス上の戦いは実際に裁判手続をとるだけではありません。特許の存在は登録されることで可視化されていますので、正面切って争わなくても競合相手を牽制することは可能です。
こうして戦わずして勝つことも、後付けの気はするものの特許の有効な活用例であり、ランチェスターの法則の適用例と思います(少し自信をもって断言しましたが、じつは実例を知っています)。