2026年度 夏号
Vol.97
暑中お見舞い申し上げます
連日厳しい暑さが続いておりますが、みなさまご健康にはご留意下さい。
弊所は8月13日(木)~16日(日)まで夏季休業とさせていただきます。

八ヶ岳の遠影
八ヶ岳(やつがたけ)は諏訪湖の東方にあって、長野県から山梨県へと南に延びる火山列です。
八ヶ岳という名の山は存在せず、南北に幾つも連なった山々の総称と云われています。主峰は赤岳(あかだけ)、標高2,899mです。
写真はリゾナーレ八ヶ岳から西側の高山地帯を望んで撮影したもので、八ヶ岳連峰が写っています。中央付近に赤岳、その左(北)に横岳(よこだけ)、右(南)に権現岳(ごんげんだけ)があります。数十年前に登った山を麓から爽快な気分で眺めてきました。
(2026年7月 撮影 山内 康伸)
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進歩性判断への切り返し方(その2 引用発明を「状態」でチェックする)
(山内 康伸)
(1)夏号の論点
先の春号で紹介しました進歩性判断への切り返し方は、引用発明の認定を技術論として正面から論じ、進歩性否定ロジックを崩したものでした。
夏号でも、引用発明の認定自体を争って進歩性否定ロジックの前提を崩すという方向で論じますが、発明の「状態」を見て引用発明の内容認定を否定する手法を紹介したいと思います。
(2)本願発明の特徴
事例として取り上げました本願発明は、船舶の航行性能の向上を課題としており、そのため風力を利用するメカニズムと風の向きを案内する「案内面」を備えることに特徴があります。既に特許されていますが、その発明の詳細は省きます。論点と直接関係するのは上記の「案内面」の有無です。
(3)拒絶理由通知での指摘
特許庁の審査では、上記した風の「案内面」を教示するものとして下記図2が掲載されている文献が引用されました。拒絶理由通知書にはクルーザA1の船首側のデッキ12a(下記赤丸参照)が本願発明における風の「案内面」に対応するとの指摘がありました。

(4)切り返しの検討
この拒絶理由には「正直困った」と思いました。図2に示すデッキ12aは船首から船体中央に向け緩やかな登り勾配が付いており、風を案内できそうに感じたからです(審査官もそう思ったに違いありません)。
ともかくこの引用文献をながめながらアレコレと考えてみました。そこで一瞬閃いたのが、テレビや映画で見るクルーザーの疾走する姿です。
クルーザーは、高速で走るほど船首は高く上りスクリューの付いた船尾だけを海中に漬けて走っているようです。この走行「状態」であれば、デッキ12aは後方に向けた下り勾配となるはずなので風の案内機能は生じないのでは?と思いました。ここは、審査官認定を否定する鍵となる、と感じたわけです。
(5)「状態」を見る
本件は、正式な反論手続をとる前に、非公式に審査官の心証を聞いてみました。「図2ではクルーザーは水平に描かれており、これは船の静止状態を示している。ならば風の案内はしないのでは?」と。これには、審査官も納得してくれました。
上記の検討のミソは、船の静止「状態」でなく、船の走行「状態」を推測して内容認定しようとしたことでした。
「状態」をどのように勘案するのかは、本願発明の内容に依存して変わります。本件では、航行中に効果を発揮する本願発明であるからこそ、引用発明も同じ航行中での効果に着目しました。言いたかったのは引用発明では風案内の教示はない、となります。本件はこの反論で有効打となりました。
なお、本件では、正式の反論手続をとってから特許査定が出るまでの期間はいつもより早かったと記憶しています。
2
生物の生存戦略にみる特許戦略
(山内 康伸)
生物の生存戦略、企業の経営戦略、そして知財戦略!
1.生物はナンバー1しか生き残れない
「ビジネスの戦略と、生物の戦略は、違うように見えても、じつは成功するために必要なことに大きな違いはない」と喝破した面白い本があります。この本の著者は、「講演で植物や生物の戦略を話すとビジネス界で活躍している方々が深くうなずいてくれる」と後書きで述べておられます。
このフレーズにひかれて、私も読んでみました。それは『38億年の生命史に学ぶ生存戦略』(稲垣栄洋著、株式会社PHP研究所発売、2020年9月10日第1版)という本です。以下、『生存戦略』といいます。
この本に一貫するフレーズは、「この世のあらゆる生物はナンバー1でなければ生き残れない」というものです。
2.ならば、どうして様々な生物が生存するの?
ナンバー1とは、過酷な生存競争を繰り返して最後に勝ち残った1番強いという意味、だそうです。
でも、ナンバー1だけが生き残れるとすれば、地球上には一種類の生物しか生き残れないはず、と思いませんか?しかし、現実には地球上にはたくさんの種類の生物が存在しています。
なぜ、こうなるのでしょうか?不思議です。
前記『生存戦略』によりますと、全ての生物はナンバー1になれるオンリー1の居場所をもっているから、と説いています。
そうであるなら、全ての生物は仲良く住む場所を分け合って競争しないで生きているのでしょうか。
ところが、そうは説いていません。なぜでしょうか?
・・・とまあ、このように予期せぬ展開が続いて、この本は面白いわけです!!
3.競争はなくならない
そこで、もう少し読み進めてみました。
前記『生存戦略』によれば、少しずつ居場所をズラして、ズレた居場所(生物界ではニッチといいます)において、それぞれの生物がナンバー1になっているとのことです。
といっても、「みんなで仲良くナンバー1を分け合いながら暮らしているわけではない」そうです。
たとえば、渓流に棲むイワナとヤマメはどちらも川の上流に棲みますが、イワナは最上流部に生息し、ヤマメはもう少し下流で暮らしています。川の上流部でイワナとヤマメが生存競争を繰り広げた結果、冷たい水を好むイワナは最上流部にいると競争力が強く、水温が少し高目でも暮らせるヤマメは少し下流で競争力が高くなる。これが闘いながらの棲み分けにつながる理由のようです。
このように、激しく競争しながら、生存競争を繰り広げているのが実情であって、「それぞれがナンバー1になれる居場所を確保した」のは結果である、とのことです。
4.企業の経営戦略は
さて、「生物は、競い合いながら、自らの居場所を確保する」のだとすれば、これは経営戦略の一つに挙げられるポジショニング戦略にあたると説かれています。それで『生存戦略』の著者の講演は、ビジネスパーソンにうけるわけですね。
ポジショニング戦略を実行するには様々な作戦があり、単純に今有る力を伸ばす、他社とは違う(反対向きの)強みを伸ばす、独自のモノサシで強みを伸ばす、など様々のようです。
ともあれ、企業は自らの強みを活かす経営戦略をとろうとします。自らの強みを活かして魅力的な商品を作れば、その商品市場では居場所を確保できるでしょう。これは確かだと思います。
しかし、一つ気になることがあります。模倣者が現れたらどうなるだろうかと。魅力的であることは消費者を引きつけるのに有効ですが、魅力によって模倣を抑制することはできないでしょう(現実には、魅力は模倣を助長するとも考えられます)。
だからといって、模倣品に対して、値下げ競争で対処するのは現実的ではありません。値下げで競争し始めると企業体力を落としてしまうからです。
5.そして知財戦略は!
生物の世界に模倣を禁ずるシステムがあるのかどうか?一度聞いてみたいと思いますが、たぶん無いでしょう。
これに対し、我々の先達は、模倣に起因する過当競争を排除できる知的財産制度を発明しました。
特許権や意匠権、商標権は、ざっくりいうと対象物に対する専有する権利を権利者に与えるものです。ゆえに、模倣があれば、法的にこれを排除できます。そして、競争場裡において自分の居場所の確保に利用することができます。ここでいう、居場所確保のための様々なテクニックは知財戦略という位置付けになります。
この知財戦略は、私見ですが大きくは戦略守勢と戦略攻勢に分けられ、前者には「侵害から自社製品を守る」、「自社製品の納入先を確保し続ける」などが含まれ、後者には「市場での占有率を高める」、「市場そのものを拡大する」などが含まれるように様々なタイプがあります。これらの具体例は次の機会に譲ります。
ともかく、生物は激しい競争をして居場所を確保しますが、我々人類は企業活動に知的財産制度の助けを借りることができます。知的財産制度を使えば、過当競争で体力を消耗させずとも、ビジネスを有利に展開できるのです。
生物の生存戦略はビジネス戦略と大きな違いはないそうですが、知的財産制度を利用して競い合いを有利にできることは、我々の社会に特有で、他の生物とはひとあじ違うようです。
皆様、このような訳で、ぜひとも知的財産制度をうまく活用して、ポジショニング戦略を有利に進めて頂ければと思います。