2026年度 春号
Vol.96
瀬戸内に浮かぶ小豆島
香川県の高松市近郊には、海に向けて突出した岬があり、大串半島といいます。
大串半島の先には瀬戸内海が広がっていて、海の青と空の青の間に見えるのは小豆島です。
おそらく手前右に見える小さな山の奥は入り江になっていて、『二十四の瞳』で有名になった岬の分校がある所と思います。あくまで穏やかな瀬戸内の風景です。
(2026年2月 撮影 山内 康伸)

本年度は特許の権利化に避けて通れない進歩性主張のロジックを考えたいと思います。
進歩性の判断要素は、特許庁判断や知財高裁判決の積み重ねを審査基準にまとめて一般化されております。
それは、進歩性を否定する要素と肯定する要素があり、実務ではこれらの要素を用いて拒絶理由や無効理由の成立/不成立を主張することになります。
本稿では少し見方を限定して、進歩性否定判断への切り返し方を考えてみたいと思います。難易度は高いのですが、よろしくお願いいたします。
1
進歩性判断への切り返し方(その1 前提を崩す)
(山内 康伸)
(1)進歩性の判断要素
特許庁が発する拒絶理由や無効審判における無効理由の構築には、複数の公知文献の組合せにより進歩性欠如とするものが、圧倒的に多い。
複数文献の組合せは、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無が問われ、それは以下の①から④までの観点を総合考慮して判断するとされています(審査基準 第III部第2章第2節3.1.1)。
① 技術分野の関連性
② 課題の共通性
③ 作用、機能の共通性
④ 引用発明の内容中の示唆
(2)進歩性判断の進め方
ところで、進歩性の判断手法は、(1)本発明の認定→(2)引用発明の認定→(3)一致点と相違点の認定→(4)容易想到性の判断の順で進みます。(2)の段階では、主引用文献に本発明の構成要件の幾つか(多くは重要なもの)が開示されているとの認定がなされます。
そして、主引用文献に本発明に対応する開示部分が足りないときは、副引用文献が用いられ、そこに本発明の残りの構成要件が開示されていると認定されると、主引用文献と副引用文献の組合せによって、進歩性否定の判断がされることになります。
その場合の組合せの容易性は、上記(1)の①~④の観点からの動機付けの有無によって判断されます。
(3)判断の前提を崩すのが強い
上記の進め方で判断された進歩性否定の拒絶理由通知等に反論するには、動機付けの判断要素である上記①~④を否定すれば良いように思えます。
しかしながら、上記①~④の判断要素は抽象性があるため、これだけで勝負すると見込み違いもありえます。
私山内は、主引用文献での開示認定を崩せるなら、それが反論として一番強いはず、と思っています。なぜなら、論理の前提を崩せば論理は成り立たないからです。
とくに、拒絶理由通知のなかには、主引用文献や副引用文献中の記載があやふやなものも、時には存在します。このようなとき、審査官は、内心としては開示の有り無しを明確にしてほしいとの気持ちを含め開示有りと拒絶理由を打ってくることがあります。そうしたときは、開示無しの理由付けを明確に摘示してあげれば良いということになります。
(4)前提の崩し方
開示無しの理由付けを強化するには、発明の構成要素の相互関係性を根拠にするのが良い工夫と考えます。
ある実例を簡略化して示します。本発明のプロセスが、主引例に開示ありと審査官は認定しました。出願人はこれを否定したいのですが、正直なところはよく分からない部分がありました。
こうしたとき、そのプロセスで使う出発物質や得られる最終物質を確認してみます。出発物質や最終物質は、そのプロセスとの相互の関係性は高いものです。
この見方で、出発物質や最終物質が相違すると云えるならば、プロセス自体の実質的相違を根拠付けできそうです。
このような理由付けで、主引用発明への本発明のプロセスの非開示を根拠付けたとします。この場合、主引用文献が引例となり難くなるので引用の前提が崩れ、進歩性肯定のための切り返しとして説得力が高くなると思います。
2
意外な本の特許制度への言及
(山内 康伸)
意外な本が特許制度へ言及しています。その本のタイトルは『イングランド銀行公式 経済がよくわかる10章』(イングランド銀行著、村井章子訳、2023年08月26日刊、株式会社すばる舎)といいます。
なぜ、私がこの本に注目したかというと、特許を取れば大金持ち!というイメージが世間にはある?本当だろうか!と思っていたことによります。そこで縁があった大学院の学生さん相手にアンケートをとってみました。
対象者は大学院MBAコースの学生さんだ。全員社会人経験がある。アンケートの結果は、約1/4位の人が特許を取れば大金持ちにYESというものであった。
これには驚いた。特許の社会的役割は余り理解されていない、ということではないか!かといって、一介の弁理士が特許のビジネス上の役割をとうとうと論じて、世間様に認識を改めてもらえるだろうか(実はMBAコースの授業では、そう期待してしゃべっているのだが)。
私よりも権威のある『イングランド銀行公式 経済がよくわかる10章』に助けを求めました。その本の1項目“あえて独占を認める「特許制度」”では、つぎのように解説していました。
資金と時間と労力を注ぎ込んでようやく新薬の開発に漕ぎ着けてから、誰かがやってきてあなたの製法を真似て薬を作り始めたとしたら?……相手は開発コストをいっさいかけていないのだから、あなたより大幅に安く販売できる。……
こうした事態になる可能性があるとわかっていたら、そもそも新薬の開発にあなたは乗り出すだろうか?答えはたぶんノーだ。……
特許権の保有者だけが新薬を製造販売できるとなれば、投じた費用を回収できる可能性は高い。逆説的なようだが、このような場合、独占はイノベーションを阻むのではなく、むしろ後押しする効果がある。
この最後の2行がキモになりますね。実にうまく説明されています。私は少しホッとしました。というのは、執筆者作のMBAコースのテキストにも、自分の企業体験を基にして、同様の解説をしていたのです。ホッとした、というのは自分の話し方が間違っていなかったという意味です。
皆様には、ぜひ『イングランド銀行公式 経済がよくわかる10章』をお読み下さい。101~102頁です。
もちろん別のページには、
第1章 食べたい朝ごはんを選べるのはなぜ?
第2章 経済学は気候変動問題を解決できる?
・・・
第8章 タンス預金が好ましくない理由は?
第9章 どうして危機が起きると誰もわからなかったのですか?
第10章 中央銀行がどんどんお金を刷ることはできないの?
など、興味深いテーマがてんこ盛りです。イングランド銀行に義理はありませんが、代わりに宣伝しておきます。よろしくお願いいたします。